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歴史と文学の中の天文

歴史と文学の中の天文

最終更新時間:2006年05月17日 16時13分12秒

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 全体について

このシリーズは西はりま天文台で行われている天文講演会のうち、内部の研究員分として石田が話したものを元にしてまとめたものです。

私たちは昔から夜空を眺めてきました。このため、歴史や文学作品の中にも、天文・宇宙に関することが残されています。そして、歴史や文学の中の天文を探っていくと、昔の人々が、宇宙、そしてその中にいる自分たち自身のことをどのように考えていたかが見えてきます。そして、それを通じて、現在の私たち自身も見えてきます。

また西はりまの天文講演会は全体に最新の宇宙・天文に関するお話が多いので、少し趣きの変ったものがときどきある方が、よく聞きに来ていただいている方には良いかと考えて、歴史と文学の中の天文について自分でいろいろと調べたことを、まとめてお話ししてみることにしました。その気になって調べでみるとけっこう量が多く、とてもではないですが、1回では終わりません。このテーマで話をしようと考えた時点で、すでに少なくとも3回程度は話すことがありそうでした。最初の機会にいきなり「1」とつけたのはそのせいです。ただ、天文教室は研究員で順番にやっているので、次回私が話すまでに1年以上の期間がある予定になっています。時間がたっぷりあっていろいろ調べられるのですが、同じテーマで題材だけ違う話としては、少し間が開きすぎかとも思いますが、これは仕方がありません。

歴史・文学は石田の専門ではありませんので、話の元になったものは一般の方向けに書かれた書籍ばかりです。天文そのものの場合には、専門の雑誌などに掲載された論文が元になっている場合が多く、参考文献としてあげておいても一般の方には読めないものばかりだったりしますので、意味がないことが多いのですが、このような内容であれば、参考文献をあげておくことには十分な意味があると思われます。ですから、この歴史と文学関連の一連のお話をまとめたところでは、参考文献をあげておくようにします。ただし、一部の本は、すでに入手困難なものや、絶版のものもありますが、ご容赦下さい。

あと、歴史はそもそもは文書の形で残っているものが対象ですし、文学も文章が対象となっています。そのため、どうしても話の中に絵ではなく文字が増えてしまうと思われるが、これはテーマと直接関係した本質的なことなのでご容赦いただけますようお願いいたします。

最初にもう少し言訳けと注意を。

天文と歴史・文学というと、海部宣男氏の「宇宙をうたう」(中公新書1480)や、池内了氏の「天文学者の虫眼鏡」(文春新書060)といったところが、最近出版されて、しかも良く売れているようですので、これらと似たような雰囲気をご期待の向きもあろうかと思います。海部氏は、詩、和歌、俳句などの中で、天文と関連したものについて書いておられますし、池内氏は文学作品を枕にして、科学エッセイといった文章を書いておられます。しかし、私は自分自身の興味でアプローチしますので、まったく違う内容になっています。どちらかというと、頭から歴史・文学に突っ込む感じになりますので、あまり天文のお話という感じはしなくて、むしろ歴史・文学の話というように感じるかもしれません。しかも、もちろん私は歴史・文学は専門ではないので、専門家が話すようにきっちりとした話にはなりません。ご専門の方でなければ調べないような資料に基づいた内容は書くことはできません。頭から突っ込んではいても、そこにはおのずと限界があります。勘違いもあるかもしれません。そういった中にも、天文をやっている者がまとめてみることで、何か特徴のあるところがあり、ご興味をお持ちいただけるようでしたら幸いです。


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