2.火星上の主な現象 赤羽徳英(京都大学飛騨天文台)


(1)火星の四季

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火星は直径が地球の半分ほどの小さな惑星である。大気の主成分は二酸化炭素で全体の95%をしめている。大気圧は地球の0.6%ほどしかない(火星の標準大気圧は6.1mbとされている)。それでも北半球の夏になると、中緯度帯には雲が頻繁に発生するし、南半球の夏には、火星全体を覆うような大規模な砂嵐も発生する。
火星の気候は南北両半球で大きく異なる。地形の影響(南半球はクレーターの多い高地であり、北半球には低い平原が広がっている)もあるが、その主な原因は火星の軌道にある。火星軌道の離心率は、0.093でかなり大きい。そのため近日点での受熱量は遠日点の40%ましになる。しかも火星の近日点通過は、南半球の夏至少し前に起こるから、南半球の夏は北半球の夏よりかなり気温が上がる。火星の自転軸の傾きは地球よりわずかに大きい25度であるから、火星にも四季がある。実際に昔から四季の変化が観察してきた。春になるとおおきな極冠が現れ、それは徐々に移動していく(暗波)。また、あちこちにくもが発生する。晩夏になると雲の活動はおさまり、暗い模様は少しづつ淡くなる。
火星の四季は火星から見た黄経上の太陽の位置(Ls)で定義される(表1)。

表1:火星の四季
Ls(Deg.) 0 -- 90 -- 180 -- 270 --
北半球
南半球

Lsと火星の四季の関係

1997年から2001年の間の火星観測好期に観測できる火星の季節は表2のようになる(ただし、火星の視直径が10"以上である期間を観測好期とした)。

表2:火星の観測好期
Date視直径(arcsec) Ls(deg.)Ds(deg.) De(deg.)
1997
Jan.2610.0702423北半球の晩春
Mar.2014.2932523(最大視直径)
May 209.91212226北半球の盛夏
1999
Feb.2610.01022516北半球の初夏
May 0216.21331820(最大視直径)
Jul.229.9174221北半球の晩夏
2001
May 0210.0137171北半球の盛夏
Jul.2220.8182-15(最大視直径)
Oct.129.9251-24-9南半球の晩春

1997年の観測期間では北極が大きく地球方向を向いているから、北半球の高緯度まで観測しやすい。

図1:気温の日変化(惑星II, 岩崎恭輔著, 恒星社, 昭和63年)

衝のころは北半球の初夏であるので、TharsisやElysiumには明るい雲が見られるはずである。低緯度帯には朝雲や夕雲が見えるであろう。火星の気温は季節や場所による差が大きい。図1はViking1号の着陸船(48W,22N)が測定した気温の日変化を示す。最高気温は-30度で15時間頃に現れる。日の出頃が最低で-80℃にまで上がる。日較差は50度にもなる。極地の冬は更に寒く、二酸化炭素の凍結温度(火星大気圧のもとでは-125度)以下になる。そのために大気が凍って極冠ができる。南半球は遠日点付近で冬になるので、南極冠は北極冠より大きい。大気が凍った分だけ気圧が下がる。夏になると極冠が融けて気圧が上がる。南極冠による気圧の変動幅は3mbにもなる。


(2)地面の反射能

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表3:波長による反射能の相違
暗い地域明るい地域VL1,2
0.160.2-0.30.21
0.050.060.06
UV(330nm)0.020.02--

火星面の反射能は長波長(赤)で高く、短波長(青)で低い。赤色光では、0.2程度であるが、地域差が大きい。明るい地域では、0.3、暗い地域では0.16ほどである。一方、紫外線や青では地域による反射能の差はなく、ほぼ一様である(表3)。

図2:ArabiaとSyrtis Majorの反射能(McCord and Westphal, Ap.J., 168, 141, 1971)

図2は暗い模様で有名なSyrtis Majorとその西隣の明るいArabiaの反射能を示したものである。400nmあたりでは両者は同じ値になっている。500nm以上では反射能の差が大きくなり、Syrtis Majorは相対的に暗くなることがわかる。
Syrtsis Major等の暗い模様の反射能は長波長域で年変化している。晩春から夏では反射能は低くなり、秋から冬には少し高くなる。反射能の年変化は大気中のダストの沈殿によるものである。初夏にはダストが吹き払われ、秋には再びダストが積もってくる。
火星大気は薄いから、月と同じような衝効果が見られる。衝効果は位相角(火星から見て太陽方向と地球方向のなす角)がゼロに近ずくと、輝度が急に高くなる現象である。火星の衝効果は可視光すべての波長で見られる。しかし、暗い模様の衝効果は明るい地域より少し小さい。それ故に衝付近では模様のコントラストが高くなる。それは青色光でも同じである。従って、通常は青色光では模様は見えないのであるが、衝付近では暗い模様が青色光でもかすかに見えてくる。この現象はブル−・クリアリングと呼ばれている。


(3)火星の雲:白雲と黄雲

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白雲はH2OやCO2の微小な氷からなる雲であり、黄雲は砂嵐によって大気中に吹き上げられたダストによる雲である。白雲は青色光や紫外線で目立つ。火星の雲は一般に薄いので赤色光ではほとんど見えない。
北半球の夏は雲の多い季節である。それは北極冠から多量の水蒸気が供給されるからである。北半球には雲の発生しやすい場所がある。Tharsis地方の高い山(オリンポス山等)にかかる雲、ローマ字を横倒しにしたような形に見えるW-雲、それにElysiumの雲などは特に有名である。また、赤道帯には雲の帯ができる。それは朝夕に濃くなり目立つので、朝雲あるいは夕雲と呼ばれている。同じ頃南半球は冬であるが、Hellas等の中緯度帯の大盆地には明るい雲がかかる。それは安定していて長い間みることができる。
秋から冬に経て春にかけて極地方は極雲でおおわれる。北極雲は安定していて、いつも同じようにみえる。南極雲は地形の影響で不安定であり、且つ極雲の縁の凹凸がはげしい。上述の中緯度帯大盆地の雲は南極雲の一部とみなされている。1997年は南極雲が最も発達している時期であるが、火星自転軸の傾きの影響で南極地方は見えにくい位置にある。一方、北半球は良く見えるので、TharsisやElysiumの雲の観測に適している。特にTharsis地方の雲は面白い。1997年1月中旬頃ではTharsis地方全体が雲で覆われているであろうが、やがてOlympus山等の高い山頂が雲の上に現れるであろう。すなわち雲の高度が下がってくる様子が観測されるはずである。これは貴重な資料となるので是非観測を試みてほしい。
白雲が青色光で目立つのに対して、黄雲は黄色光または赤色光で明るく見える。その名の通り黄雲は黄味を帯びている。大黄雲の発生直後では、それは白雲と同じように白く見える事があるらしい。
本格的に観測」された大黄雲は4回ある(表4)。好運のもこのうち2回は日本で発見され、発生初期の状態が詳しく観測された。特に1956年の観測から、南半球中緯度帯では偏東風が吹いていること、火星大気は南半球から北半球への大循環をしていることが発見された。

表4:大黄雲の発生時期と発生源
発生年発生地Ls発見国
1956Noachis246日本
1971Noachis260アメリカ
1973Solis L.300日本
1977Solis L.268Vikng

表4によると大黄雲は南半球の中緯度帯に晩春から盛夏にかけて発生している。眼視または撮像で確認された大黄雲は1977年のものが最後になっている。しかし、火星の視直径が小さくて撮像は不可能であった。電波観測によるとその後も何回か大黄雲が発生しているらしい。大黄雲の発達期間は10日ないしは2週間ほどである。その後黄雲は徐々にうすくなるが、大気が透明になるまでには何ヶ月もかかる。
黄雲の発見には眼視観測が適しているといわれるが、小規模な黄雲は経験豊かな観測者でないと見逃してしまうであろう。写真観測では、カラーフィルムを使う黄雲を識別しやすい。白黒フィルムやCCDカメラによる観測ではフィルターをつけなければならない。少なくとも、赤と青のフィルターは必要である。先にも述べたように、赤フィルターの写真、黄雲は見えない。


(4)極冠

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極冠の消長はViking着陸船が測定した気圧変動から推定できる(図3)。それによると、南極冠晩秋の初め頃(ls〜60度)から成長を始め、晩冬(ls〜150度)に極大になる。北極冠は冬至の頃から発達し、春分の頃(ls〜0度)に極大となる。しかし、火星視直径の大きさ、火星自転軸の傾き、極雲等の影響により、地上から極冠を初めて確認できる時期(極冠の出現)はすでに極冠が最大になっている頃である。南極冠はls=170〜180度頃、北極冠はls=350〜10度頃に初めて観測されることが多い。
1997年には北極冠の終わりの様子が、また1999年と2001年には南極冠の出現の様子が観測できる。
極冠が見え始める頃は、まだ極冠の縁に暗い帯ができていないし極冠は極雲で覆われているので、極冠とその外側とのコントラストが低く、極冠の出現を判断することが難しい。眼視していると、始めのうちは白く明るい、境界の不明瞭な極地方が見えている。それは白いけれどもなんとなく黄味を帯びているような、あるいは青味を帯びた灰色のような、にぶい明るさといった印象を受ける。それが何日かの間にもっと明るく輝く極冠に変ってしまう。
極冠が何日から見え始めるかという観測は非常に面白いし、重要である。眼視で極地方の明るさや色の変化を楽しみながら、カラーフィルムあるいはCCDカメラで撮像することが望ましい。

図3:大気差の年変化(Snyder, JGR 84, 8497, 1979)


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