西はりま天文台2m望遠鏡が目指すこと(つづき)

 最先端とは言わないまでも、本格的な研究観測にも使える観測装置。でも、そんな本格的なものを導入しても、一般人には使い方すらわからないのではないか...まずは、この疑問に答えるところからはじめます。

[3]ロボット技術は何のため?
 ロボットと言うと何を連想しますか。大部分の人は、人格のようなものを持って人の要求を理解し、人を手伝ってくれる機械を想像するのではないでしょうか。例えば「オムレツが食べたいなあ」と言うと、キッチンへ行ってオムレツを作ってくれるような機械。これを広い意味の言葉で言い直すと、人間にとっては目的が明確でシンプルだけれども実際の手順としては複雑な作業を、命令するだけで人に代わって実行してくれるということです。でも、これを完全な自動化と言ってしまうと、私たちの意図は少し違います。単なる自動化なら「卵を割り溶いて、塩こしょうをして、フライパンで...うんぬん」などと手順をいちいち説明すれば、人が手を下さなくてもできるというものでも良いからです。
 ここで重要なのは、オムレツを作るという手順や専門的な技術は機械があらかじめ知っていて、人からは必要最低限の情報(要求)を与えれば動くような仕組みなのです。ロボット技術は専門的で複雑な手順を隠すため。つまり本格的な観測装置を持つ2m望遠鏡システムでは、専門家にしかわからないような複雑な手順は機械が自分で実行して、人は必要最低限の情報(観測に対する要求)を与えるだけで済むようにしたいのです。これは必ずしも無人で動く自動望遠鏡ではありません。確かに近年、ロボット望遠鏡と言えば無人で動き、地球の裏側からでも操作できるものを指しているようです。でも私たちの目的は、みなさんに研究観測する現場に立ち会ってもらい、その過程を実体験してもらうことです。現代天文学を彩る天体が「本当に宇宙(そら)にある」という事実を感じてもらうことなのです。

[4]統合制御システム
 それでは2m望遠鏡に組み込まれるロボット技術(私たちは統合制御システムと呼んでいます)が、どのように働く仕組みなのかを説明することにしましょう。

 観測者であるあなたは統合制御計算機の前に座っています。そのモニターには、ホームページのアンケート調査のような画面が映し出され、あなたは
 ・何という天体を観測したいのか
 ・望遠鏡を機能させるための最低限の情報
 ・何という観測装置を使いたいのか
 ・観測装置を機能させるための最低限の情報
を打ち込みます。そして観測を実行しなさいと命令します。すると統合制御計算機は、あなたに代わって望遠鏡制御PCに専門的で複雑な操作を命令してくれます。同時に統合制御計算機は、観測装置制御計算機に、あなたがどの観測装置をどう使いたいと思っているのかを伝えます。連絡を受けた観測装置制御計算機は、あなたに代わって、使いたい観測装置の制御PC(例えば近赤外線カメラ制御PC)に専門的で複雑な操作を命令してくれます。こうして一つの観測が開始されます。
 観測装置が露出を終えると、撮影されたデジタル画像はクイックルック端末に自動的に表示されます。あなたはここで、今撮った観測データが満足のいくものかどうかを判断して、記録に残すか捨てるかをクイックルック端末を通して伝えます。記録に残すと決まったデータは、観測した時の細かな撮影記録といっしょに一次ストレージシステムに保存されます。こうして一つの観測が終わります。

 統合制御システムは、寝ていれば観測が終わってしまうようなものでも、その場にいない人が観測できてしまうようなものでもありません。人が判断した方がうまくいくところは、その場にいる人が操作します。ただし、一般の人でもわかるように操作を単純明快にする仕組みなのです。このような仕組みは観測者に要求される技術的な敷居を下げるとともに、専門家にとっても観測効率を向上させる役割を果たすはずです。この技術があって初めて実現できることが、次に述べる「@site」プログラムです。

[5]2m望遠鏡が目指す「@site」プログラム
 2m望遠鏡計画では、市民が参加できる研究観測プロジェクトの企画を検討してい ます。SETI@home(地球外知的生命探査プロジェクト)がインターネット に繋がったパソコンを持つ人なら誰でも参加できるプロジェクトであったように、西 はりま天文台を訪れる人なら誰でも参加できる研究観測プロジェクト、それを私たち は「@site」プログラムと呼んでいます。

 SETI@homeが成立した背景には、研究者にとって処理しきれない膨大なデータをいかに処理するかという問題がありました。一方、研究観測でも長期間に渡り膨大なデータを取得しなければならない観測を要するテーマがあります。このようなテーマは最先端の8mクラスの望遠鏡では不可能です。多くの観測者が観測スケジュールを分けあっているからです。しかし西はりま天文台の2m望遠鏡なら、むしろうってつけのテーマといえるでしょう。一例をあげるなら、長期間にわたって天体の変化を調べる観測や、宇宙の地図作りなどがあげられます。このような観測には、多くの人手が必要です。SETI@homeでは膨大なデータを世界中の協力者と分担して処理しました。ならば遠大な長期的プロジェクト観測も、多くの人たちと観測を分担して行えば良いでしょう。

2m望遠鏡を使って、このような観測プロジェクトで発生する膨大な観測の一部を、西はりま天文台の来訪者に行ってもらおうというのが「@site」プログラムである。
提供:2dFGRSホームページ(http://www.mso.anu.edu.au/2dFGRS/Public/Survey/index.html)

 「参加することに意義がある」という言葉がありますが、このプロジェクトでは参加して大きな価値が得られます。新しい科学的発見に協力したことになるからです。この経験が、観測の目的や意義を十分に把握するための、さらなる興味関心を沸き立たせることもあるでしょう。私たちの目標は、もちろん観測に参加してもらえば終わるものではありません。みなさんには途中経過や最終的な結果報告を、ビデオ、記録ディスク、冊子、Webといった媒体を使って行っていきたいと考えています。ちょっと想像してみてください。ある日、西はりま天文台から研究成果報告のビデオが届きます。そこには観測結果の美しい3D宇宙地図が、研究の詳しい解説とともにまとめられています。その作品の最後に流れるスタッフロールにあなたの名前があったとしたら...。
 研究観測への市民参加は貴重な経験を参加者に、成果を人類に残していきます。市民が西はりま天文台で作り上げる天文学の成果、それが「@site」プログラムの目的であり、それを実現するのが2m望遠鏡システムなのです。


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