地球大気の天体観測への影響

 地球大気は地上の生命にとってかけがえのないものです。しかしその一方で宇宙を見つめる人類にとっては、観測者と宇宙の様々な天体との間に挟まったヴェールでもありました。この大気が地上からの天体観測に与える影響には、大きく

1)光の吸収

2)大気の発光や地上光の散乱

3)大気のゆらぎによる光波面の乱れ

といった要素があります。それぞれ天体観測にどんな制限をもたらすのでしょうか。

 

1)光の吸収

 「暗い海の底」という表現は、みなさん馴染みがあると思います。海の水を一すくいしてみても透明なのにどうして海の底は暗いのでしょう。一見して透明な水であっても、光が海面から底に向かって進むうちに、海水に吸収されてしまうからです。この事情は地球大気にあっても同じです。天体からやってきた光は、地球大気中を地表に向かって進むうちに徐々に吸収され弱くなっていきます。吸収のされ方は、光の波長によって違っています。可視光線や電波ではほとんどが地上に到達しますが、その他の波長では、所々波長帯を除いて、非常に高い山の上や宇宙空間に出ないと光を満足に受けられないことになります。ちなみに、地表にまで光が到達できる波長域全体を“大気の窓”と呼びます。その波長域を使うと、地上から宇宙を覗き見ることができるからです。

 

2)大気の発光や地上光の散乱

 物質による光の吸収や発光は物理的には表裏一体のものです。光の散乱にしろ、吸収として振る舞うか発光として振る舞うかは表裏一体です。大気だって物質ですから光を吸収し放出する動作を同時に行っています。ただ物質を明るい光にかざして見た時に吸収の性質が際だって観測され、物質よりも暗い光を背景にして見た時に発光する性質が際だって観測されるということなのです。地上から夜空を見上げた時、大気は大気圏外の宇宙に対して相対的に明るく発光しています。言わば地上での天体観測は、地球大気によって減光された天体の光を、ほんのり明るい夜空を背景にして観ているということになるでしょう。どれだけ暗い天体まで観測可能かの理論的限界は、夜空の明るさとの兼ね合いで決まります。夜空の明るさを決めるメカニズムは波長によって異なります。可視光域では、今や、大気中の微粒子による地上光の散乱が大きいでしょう。「都会から離れて、空の暗いところで星を見ましょう」と言われる所以です。ちなみに地上光の殆どない暗い空では、夜空の明るさは1秒角平方あたり波長550nmで22等級になります。一方、波長数μmの近赤外では、OHという分子ラジカルや水,二酸化炭素といった物質の発光が夜空を明るくします。

 

3)大気のゆらぎによる光波面の乱れ

 天体望遠鏡は、光を集める鏡(やレンズ)が大きくなるほど、性能も良くなります。例えば、西はりま天文台の60cm望遠鏡では、物を細かく観察する能力は肉眼の100倍,暗い星を見る能力は1万倍になります。

 ところがここで困るのが地球大気の存在です。宇宙に存在する様々な天体は、何光年〜何百万光年と非常に遠くに存在しています。そういった遠方に存在する天体の“ある1点”から発せられた光の波は、始めのうちは球面波の形をとっていますが、広い宇宙空間を旅するうちに平面波となって地球に到達します。大気の外にある宇宙望遠鏡で星を見ると、素晴らしくシャープな画像が得られるのは、この乱れのない平面波を集めて像を作るからです。

Effects of atmosphere

 一方、地上の望遠鏡のように大気を通して星を見ると、皆さんが川底の魚や石をのぞきこむ時のように、星はゆらゆらとしてみえます。光は真空中から空気中に入射したり、空気中から水中に入射したりすると進行方向が曲げられます。これはレンズが光を曲げる理屈と同じですが、問題は地上の空気や水はレンズを作るために慎重に製造されたガラス材と異なり、自然の気まぐれによるムラムラがあることです。これによって天体からの光は、望遠鏡のレンズや鏡の表面に到達した時、その場所ごとに微妙に狂った角度変化を持って当たります。しかも川の中で水が流れているように、地上では空気が流れているため、その狂いの乱雑さは一時としてジッとしていません。このような光の波は、その波面がグチャグチャと乱されています。鏡の大きさが数10cmを超えるような望遠鏡をのぞくと、星像は図のように斑点が散らばったように見え、しかもそのパターンは時々刻々と変化していきます。どんなに精巧な望遠鏡を持ってしても長時間露光した星像は、直径数秒角(1秒角は1度の1/3600)の円盤になってしまいますが、その原因はこのためなのです。つまり大気を通して見たときに星の光を正確に1箇所に集めることは、口径10cm程度より大きい望遠鏡では無理ということになります。地上にある大型望遠鏡の多くは、みなピンボケなのです。


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